第17話 裁定会議

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 レイギルア・ミルセナルディス。
 今ではその名すら正しいのかどうか定かでは無いが、その名を持つ人物こそが、現在に至る異端の原点とされている。
 それが、約1200年前のこと。
 最初の魔王である彼の血は人間と交わり、多くの異端を世に生み出したという。
 その後、異端の血は途絶えることは無かった。魔王は死しても、また新しい魔王が選ばれる。
 悪魔、とされる存在がそれを見出すという。それとも、そのようなものを見出す存在を、悪魔と呼んだのか。
 とにかくこの1200年の間に幾人かの魔王が現れ、そして異端の者を広げていった。今ではただの人間すら、そんな彼らに惹かれ、崇拝する者達までいるという始末だ。いや、恐らくは今に始まったことでもなかろうが……。

(ミルセナルディス……か。面白い偶然もある)

 アルゼス・ラルティーヌはそんな埒も無いことを考えて、内心で苦笑した。
 本来この場にいるべき、アトラ・ハシースを統括する最高責任者であるミルセナルディス枢機卿の姿は無い。もちろん、いつものことだ。あの謎の多い枢機卿は、滅多に人前に姿を現さないのが通例であるのだから。
 そのためアトラ・ハシースにおける実質上の責任者は、すでにこの十年以上、彼の手に委ねられていた。
 世襲、ともいえるかもしれない。彼の父もまた、枢機卿に代わってアトラ・ハシースを管理してきたのだから。

「大司教猊下」

 呼ばれ、アルゼスは意識を現実に戻した。
 暗く、大きな一室内にて、円卓を囲む形で何人かの人物がこちらを見ている。誰もがアトラ・ハシースに関わりのある高僧達ばかりだ。
 今この場では、重要な議案が通過しようとしているところだった。

「異端裁定の件、如何思われますか」
「今回の発議はベルヌーク司教によるものだが、私も賛同していることは先に告げた通りだ」

 その言葉に、円卓の向こうにいる初老の司教が、満足そうに頷く。

「しかし! ブラフト・ダーンは仮にも侯爵家の居城。前回のロネノスのようにはいきますまい」

 穏健派で知られるフロイス・アーレストは、最も危惧するところを率直に告げた。
 彼は普段でこそ一神父に過ぎないが、アトラ・ハシースにおいてはその軍の一翼を担うほどの、実績と経験がある。

「王の裁可は得ているのだがね? 何より、侯爵家が異端の巣窟であること、もはや明白であろう」
「私は勝てぬ戦かもしれぬと、申し上げたいのです」

 ベルヌーク司教の言葉に、フロイスは何ら物怖じせずに答えた。

「ラウンデンバーク家は仮にも諸侯。それを滅ぼせば、周囲の世俗諸侯にも動揺を与えます」
「良いではないか。諸侯の中には、ふざけたことにも異端に傾倒する者が少なくないと聞く。ここで与える神の鉄槌を見れば、彼らとて改心しよう。何を恐れんや」
「鉄槌を下す前に、一致団結されたら如何なさるおつもりです? 諸侯の中に通じる者があれば、軽い戦ではすみますまい」

 今回の異端裁定の決行については、いつに無く紛糾していた。相手が集団や小さな町などでは無く、一諸侯を相手どったものだからである。
 しかし、参集された者達のほとんどは好戦的な雰囲気だった。今では異を唱える者も、アーレスト司祭のみとなっている。

「ならば徹底的に戦うまで。聖戦なれば、厭うことこそ許されぬ。慎重を唱えるそなたの気持ちもわかるが、さりとて動かねば異端を滅することなど不可能。座して彼奴らめが増えていくのを見ているつもりか?」
「しかし――」
「まあ、待て」

 反駁しかけたフロイスを止めたのは、しばらく二人のやり取りを眺めていたアルゼスだった。

「二人とも忘れているようだが、今回の目的は二つだ。ブラフト・ダーンの魔女と、そして死神」

 その言葉に、室内は静かになる。

「現在の異端の盟主と言われている魔女への断罪こそが、今回の目的。その者さえいなくなれば、一時的にとはいえ異端に隙ができる」
「わかっては……おりますが。しかし暗殺ではなく軍を使ってとなりますと、やはり結果は変わらないと思われます」
「かもしれない」

 フロイスは押し殺したよう言ったが、それに答えるアルゼスはあっさりとしていた。

「確かに混戦は予想される。だが今回は、死神を使うつもりだ。その効があれば、決して難しくはないだろう」

 再びの沈黙。
 アトラ・ハシースの中ですら、その存在は噂に過ぎなかった。現在そろっているメンバーですら、その姿を見たことがあるのは半数もいない。

「死神……ですか。噂でも、神託ででもそのことは聞き及んでいますが……まだ子供であるとか。本当に、我らの役に立つのでしょうか……?」

 ――そんなことよりも、果たしてそんな存在を利用できるのか。
 どういう経緯で手に入れたのかは分からないが、アルゼスが死神と称する者をアトラ・ハシース内で育てているらしいということは、周知の事実である。
 それが、この十年間――しかし死神こそが、異端ではないのだろうか。
 それは何もフロイスだけの思いでは無く、他の者も一様に感じていることではあったが、誰も口にする者はなかった。

「それも使ってみねばわからぬ。例え使えぬ者であれば、それまでのこと。元より期待せずともすむだけの精鋭を、集めておくつもりだ」
「ナルヴァリア男爵家に、すでに密使を送ってあります」

 アルゼスの言葉を受けるようにして、ベルヌーク司教は言う。

「諸侯の軍を利用すると?」
「何も全てにというわけでもないがね、アーレスト司祭。全ての諸侯に呼びかけることも不可能ではないが、騒ぎが大きくなり、事前に察せられやすくなる。ただナルヴァリア男爵家は信心深く、またクリセニア侯爵領に唯一接している諸侯だ。かの協力を得られれば、我らにずっと有利になるだろう」
「……そうであれば、よろしいのですが」

 溜め息を押し隠して、フロイスは反駁をやめた。
 彼とて今回のことが、うまくいかないとは思っていない。一諸侯を相手にするには、僧会――ひいてはアトラ・ハシースには充分な力がある。
 しかし問題はその後であろう。
 ここでブラフト・ダーンの魔女を処断することができても、異端はそれだけではないのだ。恐らく彼らは今まで以上に反発を覚え、僧会を目の敵にするだろう。
 そうなった時の混乱を考えると、決して容易に決定すべきことでは無いような気がするのだ。だがここで異を唱えたところで、もはやひっくり返せるとは思えない。

「これ以上、意見のある方はいるかな?」

 ベルヌーク司教の言葉に、返ってきたのは沈黙だった。満足そうに頷いて、彼はアルゼスを見た。

「では……猊下」
「よろしい。ではブラフト・ダーン異端裁定を、ここに発動する」


 寺院の廊下を歩きながら、知らずアルゼスは嘆息していた。
 今回の異端裁定――実のところ、最後まで反対していたフロイス・アーレストの意見に、彼も同じく思うところはあった。
 しかし、今回の出兵をとどめるわけにはいかなかったのである。
 異端の殲滅は、僧会全体の意志である以上に、あの方に任されたことであったからだ。一度しか顔を合わせたことはないが、あの死神をもたらした存在……。
 それがあの方の定めた運命である以上、一介の人間にそれを覆すことなどできはしない。従わなければ、ならない。
 しかしアルゼスとて、今後の未来が読めぬわけでもないのだ。恐らく今回の異端裁定を機に、異端と僧会の戦いは激化することだろう。彼らとて己の生存のため、剣を持たぬはずがないのだから。
 一体いつまで続くことか―――
 思いながら、アルゼスは普段は通らぬ奥の廊下を進んだ。その先にある、重々しい鉄扉。
 彼はその先何重にも閉ざされた鉄扉を開き、余人には入れぬ奥の部屋へと入っていった。
 暗いが、明りが無いわけではない。あれは必要無いとは言っていたが、それでも常時蝋燭の明りは灯しておけと言ってあった。でないとこちらが困る。

「……入るぞ」

 最後の扉を押し開けて、アルゼスはその部屋に入った。
 薄闇の中、中には誰もいないように思えるが……。

「イリス」

 その呼びかけの声に。
 ふっと、闇が動いた。


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