第16話 再会

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 故郷までの道。
 それは一切変わってはいなかった。
 遠くに見える山、道沿いに広がる林に、時折目につく小川……。
 変わってしまったのは、故郷そのものなのだから。

「…………」

 こうやって雑草に埋もれてしまった故郷を見ると、本当にここがロネノスだったのかと思ってしまう。
 あれから一度も訪れたことは無い。完全に人々に忘れ去れたような有様に、レダは知らず吐息をついてしまっていた。
 きっともう戻らない……。

「許さない、から……」

 人間に対して、いつもは抑えている憎悪が膨らんでくるのを感じて、拳を握り締める。
 今はただ、思うことしかできない。――自分はあまりにも非力だから。例え成長したとしても、このままでは人間と大して変わらぬ力しか持てないだろう……。
 それでは何もできはしない。悔しい、けれど。
 滲んできそうになる涙を堪えて、レダは周囲を見渡した。

(よかった……誰もいない……)

 こんな顔を、表情をみられずにすむ。
 そう思った矢先に、本当の目的を思い出した。誰もいないことが、今度は反対にひどく残念に思えてしまう。
 もう一度見渡してみるが、やはり人影は無いように見える……。

「いない……。やっぱりいないのかな……」

 目的の人物がいるようには見えなかった。もう帰ろうか……こんな場所に長くい過ぎたら、本当に泣き出してしまいそうだから。

「でも……捜さないと」

 そう思うのは自分の意志か、それともプラキアに連れて来いと言われたからか。
 どちらでも良かった。結局、まだ諦められないのだから。
 思い、レダは村だった周りをゆっくりと歩き出した。
 村は以前の面影を全く残してはいなかったが、周辺の環境はやはり変わっていない。昔遊んだ野原や、小川――せせらぎも、以前のままだ。
 そうやって歩くこと数分。
 レダは足を止めた。

「むー……釣れないなあ……」

 のんびりとした声が、聞こえてくる。
 そこらの物で適当に作った思われる釣竿を持って、釣りに興じている青年の後姿が、小川の岸にあった。
 近くには焚き火の跡。どうやら一晩、ここで過ごしていたらしい。
 つまり一日――ここで待っていたということだろうか。
 青年との距離は、十数メートルくらいだろうか。どうしてだか、足がすくんでしまったように、その距離を詰めることができない。
 困ったように彼女が立ち止まってより数分。

「……そんなとこで突っ立ってないで、ここまで来たらどうだ?」

 何気なく発せられた声は、紛れも無くレダへと向けられたものだった。どうやらとっくに気づかれてしまっていたらしい。

「…………」

 何も答えず、それでも彼女は岸に向かってゆっくりと歩き始める。その間、青年は相変わらず水面から目を離していない。

「ほら、ここだ、ここ」

 彼の後ろまで来たところで、青年は右手で自分の隣をぽんぽんと叩いてみせた。座れ、という意味だろう。
 どこかぎこちない様子でその言葉に従ったレダは、座り込んでから、そっと隣の青年の顔を見上げた。
 最後の記憶から全くといっていいほど変わっていない、容姿。

「まさかなあ、本当に来るとは思ってなかったんだが」

 不意に話し始めた彼を、レダが不思議そうに見つめる。

「じゃあ、どうして待ってたの……? フォルセスカ」
「ほお?」

 名前を呼ばれて、初めて青年は振り返った。どこか嬉しそうに、見返してくる。

「覚えていてくれたか。嬉しいねえ……」
「私の名前は覚えてる?」

 聞いたのは、彼だ。もし覚えていなかったらどうしてくれよう――そう思ったところで、フォルセスカはにやりと笑ってみせた。

「俺は約束を破れるほどの度胸は持ち合わせていないんでね。呪いのように頭にこびりついて、忘れられやしないのさ」
「呪いって……」

 何やらひどい言われ様だと、レダが顔をしかめる。

「おっとすまない、気を悪くさせたかな。まあちょっとした修辞というやつだ。気にするな」
「…………」

 この飄々として言うさまは、やはりあの時から変わっていない。ともすればからかわれているような気もするのだが、少なくとも悪意は全く伝わってこない。――あの頃はこんな言葉のおかげで、アトラ・ハシースの真っ只中にいても安心できたのだから。

「……今まで何していたの?」

 それはとても気になったことだった。
 あの日プラキアにレダを渡してより、フォルセスカは一体何をしていたのだろう。

「ところで、今いくつだ?」
「え? 十二、だけど」

 自分の質問を無視するような形で聞かれたものの、反射的に答えてしまう。

「そうか……じゃあ俺が助けた時は、まだ五歳だったわけか。すると七年振りってわけだな。大きくなったもんだ」
「あなたは、何も変わってないように見える」
「はは。どうやらあれから老化はしなくなったらしい。一概に嬉しいとも思えないが、まあ今は良しとしておくさ」
「え――? じゃあフォルセスカ。あなた魔族だったの……?」

 驚いたように、レダは目を見張った。
 ずっと、この青年のことは人間だと思っていたのに。

「そういや魔族っていうのは老けないらしいな。寿命はちゃんとあるから不死ではないみたいだが」

 プラキアやロノスティカが、そのいい例だろう。二人とも人間ならば死んでいておかしくない年月を生きているが、その容姿は若々しい。
 もっともロノスティカに限って言えば、多少なりとも老化が見え始めているのは事実だ。プラキアらと違い、クリーンセスよりも以前の魔王の血脈の生き残りである彼は、すでにその血がかなり薄まってしまっていると言わざるを得ない。魔族と呼んで差し支えはないが、それでもすでに百年以上を生きて、完全な不老を維持できなくなってきている。

「人間だったさ。あの時はな。今もそのつもりではあるんだが……色々あって、そうでもなくなっているらしい。我が身ながら、妙なものだとは思うが」
「……よくわからないけど。何か、あったの?」
「あったのさ。色々とな」

 フォルセスカはそう答えるものの、詳しいことは話すつもりはないようだった。

「まあ……一つ目の用事は終わったということか。それでこうやって戻って来たわけでね。これからが本番といえばそうなんだが……その前にお前さんのことが気になってな。それで様子を見に来たという次第さ」
「私のことが?」
「そりゃあな。助けて拾った責任がある。それでも途中で放り出したようにも見えなくはないが、その辺りは勘弁して欲しいというものだ」
「別に、怒ってないけど」
「ありがたきお言葉だな。嬉しい限りだ」

 本気でそう思っているようで、レダの言葉にフォルセスカの表情が少し、緩んだように見えた。
 本当に気にしていてくれたんだという思いが、なぜかレダは嬉しかった。恥ずかしかったから、顔には出さないように努力したけれど。

「しかしそれでもな……一応は謝っておくべきだろうと思ってな。あの日、俺がお前を助けられたのも、異端裁定に参加していたからだ」

 それが言いたくて、お前を待っていたと。
 確かにあの連中さえ来なければ、助けられる必要は無かったのだ。
 それは分かる、けど……。

「あの時はけっこうごちゃごちゃしてて、しかもお前のことやら何やらで手一杯だったからなあ……機会も無かった。そう言えばまともに口も利いてくれなかったか。だから、ま、何だ……今更で悪いが」
「……そんなこと言わないでよ」

 俯いてしまっていたレダが、ぽつりと洩らすようにつぶやく。

「私、あの時全然お礼言わなかったから……助けてくれてありがとう、って言えなかったから。だからいつか、言おうと思っていたのに……」

 全く意識せずにその言葉が出たことに、彼女自身、驚いた。
 フォルセスカに会って何をしたかったのか――何を言いたかったのか。結局のところ、もう決まっていたのだ。

「そんなこと言われたら、ありがとうって言えなくなる……」

 どんなに抑えていても、我慢しても、溢れてくるものは止められない。――自分はまだ子供だと、嫌というほど実感させられる。

「……困ったな。泣いた子供の扱い方っていうのはよくわからんぞ……」

 肩を震わせているレダを見つめ、フォルセスカは心底困ったように頭を掻いた。

「別に、泣いてなんか……っ」
「ああわかったわかった。お前は泣いてないさ」

 赤くなった顔で睨まれて、彼は慌てて頷く。

「そんな、困ったような顔しないでよ……」

 フォルセスカの表情に気づいて、ばつが悪くなったようにそっぽを向くレダ。と言われてもなあ、とフォルセスカは苦笑した。

「そうさせてくれているのは、紛れも無くお前さんなんだが」
「うるさい……私は悪くなんてないもの……」
「なるほど。そういうことにしておくか」

 笑って、彼はレダの頭をぽんぽんと軽く叩いた。そしてそのままくしゃくしゃと、乱暴に撫でられる……。

「あ……」

 何となく、懐かしかった。
 ずっと昔にも、彼に同じようにされた記憶がある。

「…………っ」
「――おっと」

 思わず抱きつかれて、さすがにフォルセスカも驚いたようだった。

「……体当たりされたかと思ったぞ? レダ」
「……ばか」

 彼の軽口に。

「あ……」

 ようやく呼んでくれた自分の名が含まれていたことに驚いて。
 レダはぐしゃぐしゃになった自分の顔を、フォルセスカに押し付けてやった。


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