第15話 邂逅の意味

「長居させていただいた。有益な情報、感謝いたすぞ」
「いえ……。それよりも侯爵夫人、努々お気をつけ下さい」

 立ち上がったプラキアへと、それに倣って立ち上がったアレイウスは、再三気遣うように言った。

「わかっておる。また僧会に不穏なことあれば、教えて欲しい。――死神についても」

 死神が生まれたという六年前より今までの間、もしアレイウスが語ったようにずっとアトラ・ハシースの中にいたとしたら。
 連中は、死神をどうするつもりなのか……。

(まさか、御せるとも考えてはなかろうに)

 そう思いたいが、思い切れない。

 人間が何をしているのかは分からないが、本当に存在するのならば、いずれ姿を現すことだろう。
 その時どうなるのか、具体的には分からないが、良い結果になるとも思えない。
 果たして本当に、どうなるのか……。

「――レダ、参るぞ」
「はい」

 思いを振り切るようにして、プラキアは声をかけた。今まで影のようにして動かず、口を開かなかった少女に改めて気づいたアレイウスが、彼女へと視線を送る。

「そういえば、紹介していなかったの」
「え? いえ……」

 彼の視線に気づいたプラキアが、レダの小さな肩に手を置いて、どこか自慢するようにその名を口にする。

「レダ・エルネレイスと言う。妾の侍女じゃ」
「レダ……」

 その名を繰り返しながら、しばらく値踏みするようにアレイウスはその少女を見つめる。侍女などいつもは気にも止めないのだが、今日は何故か、無視できなかった。
 何かこう――惹かれるものをこの少女から感じる。

「どうじゃ? なかなか聡明そうに見えるであろ?」
「プ、プラキア様……っ?」

 突然良く言われたことに、慌てたのはレダだった。

「――確かに。まだ幼いとはいえ、夫人が信頼しているだけのことはありますね」

 信頼――というよりは、むしろ期待と言うべきことかもしれない。
 プラキアがここまで来るにあたって、大して役にも立たない少女を連れてきたのは、少しでも彼女に世界を見せようとしているプラキアの思いが察せられ、また常に傍にいることを許していることからも、かなり気にかけていることが良く分かる。

「それに、あと数年もすればもっと美しくなるでしょう。将来が楽しみですね」
「…………」

 そう言われて、レダは我知らず顔が赤くなってしまっていた。
 男性にそんなことを言われたのは、初めてなのだ。どう対応したらいいのか、良く分からず困ってしまう。

「アレイウス殿も気に入ってくれたようじゃぞ? 汝ももっと、精進して応えねばなるまいな」
「あ……えっと……はい……」

 レダはぼうっとして、こくり、こくりと何度も頷く。
 そんな様子が可笑しかったのか、プラキアは珍しく声を出して笑った。


「どうした?」

 街道の途中。
 その道半ばで立ち止まったレダへと、プラキアは声をかけた。

「いえ……その」
「ふむ……気になるようじゃの。あの男のことが」
「え? そ、そういうわけじゃ……」

 言葉を濁してはいるが、プラキアにはレダが何を思っているのかその理由の察しはついていた。
 この場所は、先日野盗に襲われた場所――そしてあの青年に出会った場所でもあった。
 道中、プラキアは敢えて彼の話題に触れようとしなかったため、気にしていたレダも口に出すことができなかったのである。
 しかしここまできて、どうにも我慢ができなくなってきたらしい。

「見覚えがあったか。あの者に」
「……はい」

 こくりと、レダは頷いた。
 顔は見なかった。彼も何も言わなかった。――それでも、見紛うとは思えない。
「汝もなかなか義理堅い性情をしているとみえるな。じゃが命を助けてもらった相手……覚えていても、不思議ではないが」

 その言葉に、え、と驚いたようにレダはプラキアを見上げた。

「わかって……いたんですか? あの人のこと」

 問われて彼女は笑う。

「わからなかったと思うておったかや? 妾とてあの者は一度見知っておる。いくら夜の出来事であったとはいえ、汝でもわかったことをわからぬはずもない」
「あ……。すみません……」
「――謝ることでもなかろ? それで、汝はどうしたいのじゃ?」

 聞かれ、レダは沈黙した。
 本当に――自分はどうしたいのだろう。
 ――会いたい? では会ってどうしたいのか。
 答えは分からぬまま、レダは口を開いた。

「……あの人に、もう一度会ってみたいんです」
「ほう……。して、会って何をしたいと?」

 予想通りの質問。
 答えはない、が―――

「……会ってみなければわかりません。会って、もし私が何もできなかったら……何か勘違いでもしていたということです。でもそれも、会わなければわからないから……」

 何とか搾り出した返事だった。
 レダは恐る恐る、主の顔を見上げる。

「もっともな意見ではあるな」

 ――意外にも、彼女は満足そうな表情をしていた。

「ならば好きにするがよかろ? あの者とて、我らに気づかなかったはずはない。だからこそ、あのような形とはいえ顔をみせたのじゃろうからの。そしてあの者のことだ。いらぬ気を遣っていても、おかしくないじゃろうな」
「……?」

 意味深な言葉に、レダはきょとん、となる。

「わざわざ顔をみせたということは、汝のことが気になったからであろ? であれば、どこぞで待っているやもしれぬ」
 あの夜は、突然のことでもあったので、呼び止めてまで何かをしようとする気はなかったのだろう。しかし、いずれはという意思があったからこそ、顔をみせた……。
「ここは、ロネノスにも近いからの……」
「――あ」

 プラキアが何を言いたいのか分かって、ハッとなる。
 ここはクリセニア侯爵領とナルヴァリア男爵領の境であり、地理的にロネノスに近い。
 そしてロネノスという場所は、初めて彼と出会ったところでもあるのだから。

「そんな……あの人が、待ってるなんて」
「あり得ぬこととも思えぬぞ。あの者、その程度のことはやらかすであろうとは思うのじゃがな。――あの夜、そういう目をしていた」
「――――」

 何てことだろう、と思う。
 自分よりプラキアの方がずっと、あの僅かな邂逅の間にあった意味に気づいていたとは。

「私……行って、いいですか?」

 決心して。
 レダは言った。

「……まあ良かろ。元よりそうなるであろうとは思っておったしの。妾は行かぬゆえ、汝一人で行くが良い。それでも良いか?」
「――はい」

 この辺りは故郷に近く、土地鑑もある。
 野盗など、怖く無い。
 即座に言い切ったレダを見て、プラキアは満足そうに頷いた。
 そしてどこかからかうような口調で、告げる。

「ならば行って参れ。それからついでにブラフト・ダーンまで連れて来るが良い。恐らく、我が夫よりも汝の方が、あの者にとっては魅力的であろうからの」


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