第14話 廃村にて

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 その場所に何があったのか、今になっても察することができる。
 焦げ落ち、崩れた木材を覆うようにして生えた、雑草―――
 かつてロネノスと呼ばれたその村は、最後の状態のまま復興されることなく、この七年間放置されたままだった。

「……何とも心荒む光景だな」
「――全くじゃのう」

 思わず口にしていた言葉に、意外なことに返事があった。
 この場所には自分以外、誰もいなかったはずなのだが。

「待たせたかの?」

 その声に振り返ったフォルセスカは、後ろにいた人物へと、軽く頭を下げて礼をする。

「お久しぶりです。数年ぶりですか」
「はっはっは。そう改まるな。どちらかというと、わしが頭を下げにゃならんのだが」

 軽く笑ってそう言うのは、がっちりとした体躯の、壮年の男だった。頭に白髪が目立ち始めているが、それでもまだまだ若く見える。

「ともあれ、お久しぶりです。ロノスティカ殿」
「いやいやそなたも元気そうで何よりじゃ」

 うんうんと頷くと、ロノスティカと呼ばれた男はそっとフォルセスカへと耳打ちしてくる。

「……ところでフォルセスカ君。あの時以来じゃが、その後レネちゃんは元気になったかの……?」

 この世界広しといえど、彼女のことを指してそんなことを言えるのは、まあこの人物くらいだろう。

「ええ。あいつなら一年くらい前に目が覚めて、今じゃぴんぴんしてますよ。おかげで俺も、ようやく動けるようになったわけですが」
「ぬうぅ、妬けるのう。レネちゃんをあいつ呼ばわりできるとは……。悔しいのう、口惜しいのう……」

 冗談とも本気ともつかない様子で、ロノスティカはぶちぶちとそう洩らした。まるで想い人を奪われたかのような、そんな有様である。

「もう元気になったのなら、連れてきてくれれば良かったのに。何せこの前行った時には眠っていたからのう……。ろくに話しもできなんだ。じゃがまあ、眠っているレネちゃんを見るのは初めてじゃったから、幸運ではあったな。あの寝顔、普段とは違ってまた一興じゃった」
「あいつは気紛れに消えたり現れたりしてるからなあ……なかなか。しかしいいんですか? あまりそんなことを口にしていると、夫人の耳に入りますよ」

 愛妻家の割に一方では女好きと評判の侯爵は、言われてハハハと乾いた笑みを浮かべた。

「プラキアか。あれは地獄耳じゃからの……。今日は出かけておるが、どこで見ているやら不安でならんわい」

 これは、完全な冗談のようだった。
 何だかんだ言っても、結局彼の一番は、妻であるのだから。
 とりあえず、フォルセスカは話題を変えることにした。

「しかし、このような場所まで出迎えて下さるとは、嬉しい限りですが……良かったので?」
「ようやっとそなたが来ると連絡を受けたからの。これはわしが出迎えねばならぬじゃろうと思ってな」

 今までの雰囲気を払拭するように、ロノスティカは真顔になってそう答えた。
 ロノスティカ・ラウンデンバーク――彼の実体は、この地を治めているクリセニア侯爵である。
 彼とは一度、レネスティアと、彼女が選んだという新たな魔王を訪ねてやってきた折に、ゼル・ゼデスで顔を合わせている。

「それに、ここはわしの生まれ故郷でな……。守ることはできなんだせいで、なかなか来る気になれなかったんじゃが……ついでということで、決心してみたわけだ」

 七年前の第二次ロネノス異端裁定において、この村は完全に滅ぼされてしまった。
 村人はほぼ全員殺され、復興の兆しは全く無い。

「しかし……驚いたぞ? プラキアがあの者を連れてきた時には」
「……レダのことで?」
「うむ」

 異端裁定の際、唯一の生き残りだった彼女を助けたフォルセスカだったが、その後彼女はレネスティアの計らいでラウンデンバーク家に預けられることになった。

「エルネレイスと聞いてよもやと思ったが……な」
「彼女のことを知っていたんですか?」
「知っていたわけではないがの……。だが名前でわかる。容姿を見てもな。あれはラゼアの孫か……曾孫じゃろう」

 どこか遠い目になって、ロノスティカはつぶやくように答える。
 ラゼア・エルネレイス――フォルセスカにとっては知らない名前だが。
 そんな彼の疑問に気づいたのか、ロノスティカは一つ頷いてから後を続けた。

「ラゼアというのは、わしの最初の妻でな」
「ほう?」

 それは――初耳だった。
 彼の正妻は、プラキア・ウォルストーンであったと思っていたのだが。

「人間じゃった。あれはの。もちろん寿命が我々とは違う……あれの方が先に老いて、死んでしまった。わしとの間に子供はおったんじゃが、わしの血自体がすでに薄いせいで、生まれてきた子はもうほとんど人間じゃった。妖魔とも言われておるが、さほど人間と寿命は変わらぬ。子がわしより早く老いて、死んでいくところは見たくなくての……我侭とはわかっておったが、わしはラゼアが死んだ後、子をロネノスの実家に預けておいたのじゃ。子ができたのはあれの晩年じゃったからの……素性は一切隠すことができた。わしも極力この地に来ないようにしての」

 プラキアと出会ったのは、その後のことだ。彼女はまだ若く、しかもクリーンセスの血を引く魔族。先立たれる心配の無い相手ではあったが、それでも再度の婚姻には相当な時間がかかった。
 ラゼアのことが忘れられず、ずっと傷心していたわけだが、結局それを癒してくれたのがプラキアで。――そして、今へと続いている。

「……すると俺が助けたあの娘は、クリセニア候の血を引いていると……そういうわけですか」
「ずいぶん薄まったじゃろうが、恐らくは。第一、顔に面影が残っておる……」

 なるほど――とフォルセスカは納得した。レネスティアはこの事実を知っていたのだろう。この事実があったからこそ、ラウンデンバーク家はあっさりとレダを引き取ったのかもしれない。

「で、そのことは彼女に?」
「いや――伝えるつもりはない。今後一切な。そう決心して一度放り出したのじゃから、今更それを撤回するわけにもいかぬ。レダは今、何も知らずに奥に仕えておる。プラキアは事情を知っているが、そのせいかどうかは知らぬが、あれを事の他気に入っておってのう……」
 現在ロノスティカとプラキアに間に、子はいない。そういう中でレダという少女を拾い、あの娘をプラキアが我が子のように思っていたとしても、不思議ではないだろう。
「レダも素直な子でな。少々人間嫌いが強すぎるが、妥協できる程度には成長していっていると思っておる」
「とりあえずは……幸せそうですな」

 その話を聞いて、フォルセスカはほっと肩の力を抜いた。
 助けて本当に良かったのかどうか、一抹の不安が無かったわけではない。だが今の所、悪くない境遇で生きているらしい。

「さてフォルセスカ君。これからどうするつもりじゃ? わしはそなたをブラフト・ダーンに迎え入れるつもりじゃし、プラキアもそれには賛成しておる。すぐにそなたの地位を保証することはできぬが、まずは賓客として向かい入れ、ゆっくりと慣れていっていずれは……と思っているのじゃが?」
「俺の立場など、特に気になさらなくて結構ですよ。ただ俺の我侭に力を貸していただけるならば、俺もラウンデンバーク家のために尽力するつもりです」
「ふむ……我侭、とな。そなたの娘のことか」

 問われて、フォルセスカは頷く。
 娘――そう。六年前に失った、あの赤子。果たして今、どのように成長しているものか……。

「不吉な噂は聞いておる。アトラ・ハシースに、死神がいるという……風の噂じゃが。それが、そなたの?」
「恐らくは」
「大変じゃのう……そなたも」

 しみじみとして、ロノスティカは言う。

「で、どうなる? その死神は、我らに刃を向けるじゃろうか」
「それもまた、恐らく」

 イリスが奪われてより今までの間に、彼女が封じられたという形跡は無い。どこかで育てられ、成長しているからこそ、レネスティアもその力を取り戻すことができたのだから。
「あれは、我々にとっての猛毒となるやもしれません」
「それでも、克服するつもりなのじゃろ? そして、取り戻すと」
「俺が先頭に立って、そうするつもりではあります」

 ……それでも、犠牲は出るだろう。
 イリスがどれほどの力を持っているかは分からない。だがそれでも、あの二人――根源二祖に死神と言わしめているだけの力は持っているはずだ。
 そのような者に刃を向けられ、果たして生き残ることなどできるのだろうか……。

「だがまあ、覚悟は決めてあるんです。それこそとっくにね」
「――死ぬつもりか?」

 フォルセスカはにやりと笑った。
 何とも単刀直入な問いだ。

「ええ。だが勘違いなさらないで欲しい。俺は死ぬつもりはない……結果が出るまでは――それが確信できるその時までは。しかしそうなるとわかった時には、遠慮無くこの命、くれてやるつもりです」
「……天晴れとは言いがたい覚悟じゃが、悪くはないの。少なくとも安易な死は選ぶまい。そなたならばな。――それに近い将来、我々は連中と戦うことになる。こちらが望まずともな。その際に、そなたがいてくれるのは心強いからのう……」
「嬉しいお言葉です」
「はっはっは。そう照れるな。わしまで恥ずかしくなるわい」

 ロノスティカは一頻り笑った後、不意に周囲を見渡した。

「ふむ、そろそろ時間じゃな。迎えが来よった」

 その視線につられてフォルセスカも振り返ると、かなり離れた場所に佇む、黒衣の男の姿が目に入る。
 どうやら彼の言う迎えらしい。

「あれはブライゼンと言ってな。わしの側近じゃが、なかなか腕がたつ。一度くらい、そなたとの手合わせでも見てみたいものじゃ」
「機会があれば……いずれ」
「小気味良い返事じゃ。――さて、どうするかの? 一応迎えである以上、このまま一緒にブラフト・ダーンまで行くか?」
「いえ」

 初めはそのつもりではあったのだが、フォルセスカは首を横に振ってそれを断った。

「わざわざの出迎えだというのに申し訳ありませんが、少々野暮用ができまして」
「野望用とな?」
「大したことではないのですが。せっかくの機会なんで、待ってみようかと」

 そう言われて、ロノスティカはこくりと頷く。

「わしにはそなたが何をしたいのか分からぬが、まあ良いじゃろ。出迎えといっても、話をするのが目的じゃったからの。一度城に戻ってしまうと、忙しくてなかなか時間が割けぬ。今回はロネノスも見れたことだし、良しとするか」
「――すみません」
「よいよい、気にするな。まあ城で待っておる。気をつけて参るが良い」

 それだけ言い残すと、ロノスティカは待っている黒衣の男の方へと向かって歩き出した。

「さて……。久しぶりにのんびりするか」

 うーんと伸びをして。
 フォルセスカは晴天の下、来るかどうかも分からない相手を、待ってみることにした。


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