第13話 ある会談

 ナルヴァリア男爵の居城、オルセシス。
 一般の者から見れば壮麗な城も、普段から侯爵家であるラウンデンバーク家に仕えているレダにしてみれば、さほど驚くようなものでも無い。
 城内は特に慣れない空気でも無く、落ち着いてその場に控えていることができた。
 この場所で、自分に口を開く機会など与えられてはいない。ただ主人の声がかかるのを、ひたすら待つのみだ。

「……まさかたった二人で来られるとは、正直驚きました」

 城内の一室にて、若い青年がそう切り出した。
 まだ若い――二十歳になったばかりだろうかと思わせる青年で、どことなく初々しいものが感じられる。
 アレイウス・ウォルストーン――若いとはいえ、彼はこのウォルストーン家の当主、つまりはナルヴァリア男爵だ。もっともその爵位を継いだのは、ほんの先日のことであるが。

「決して公式の訪問では無いからの……。我が夫も忙しく、この身のみでの訪問では、いささか男爵家に対して失礼であろうかと思うての」

 そう答える相手は、まるで年齢を感じさせない妙齢の女性だった。
 長く、淡い金髪に、蒼い瞳をした美女は、実のところすでに齢九十歳ほどと言われている。しかしその容貌に、老化の陰りはまるで見て取れない。
 裏でブラフト・ダーンの魔女と呼ばれている彼女は、名をプラキア・ラウンデンバークと言い、現在クリセニア侯爵夫人という地位にいる。
 今でこそ彼女はラウンデンバーク家の者であるが、侯爵家に嫁ぐ前にはウォルストーン家の者であり、先日他界したアレイウスの父から見て、末の妹に当たる人物であった。つまりプラキアとアレイウスは、甥と叔母という関係になる。
 今回の彼女の訪問は、表向き慶弔のためとなっているが、彼女の入城ですら極力外部にその事実が洩れないように取り計らっていた。完全な、お忍びである。
 理由は勿論、別にあった。

「失礼などとんでもありません。ここは夫人の故郷でもあるのですから。しかし……道中何もありませんでしたか?」

 たった二人――しかもその唯一の共は、まだ子供である。これでこの道程を難なく乗り越えてくることは、不可能では無いが常人では危険極まりない。

「うるさい蝿が何匹か出よったが、その度に叩き潰しておいたわ。まあそれでも旅は嫌いではないからの……なかなか楽しめはした」
「そうですか。さすがですね」

 確かにこの女性に、警護など必要はないだろう。ブラフト・ダーンの魔女などと呼ばれている彼女は、異端の世界でもっとも力溢れた存在として知られ渡っており、現在の異端の世界における盟主でもある。
 本来異端の王は魔王であるのだが、常にその存在があるわけでもない。魔王を失って二百年の間、誰かがその代行を行わねばならず、その役は大体において人望のある、力溢れた魔族と決まっていた。
 ウォルストーン家はクリーンセス・ロイディアンの子孫に当たる家系で、魔族としての血脈はまだ新しく、濃く強い。
 少なくとも彼女は、武装した人間がよってたかったところで、どうにかできる相手ではない。

「ですが、お気をつけ下さい。今回来ていただいたのは、僧会に不穏な動きがある旨を伝えたかったからです」
「ほう……。汝が言うからには、かなり由々しき事態と見える」

 人間と、異端者の確執は相当深いものがある。特に僧会の者達は、異端の者達をまるで目の敵のようにして狩り出し、殺してきた歴史がある。
 その存在こそが、人を悪魔崇拝などに引き込み、堕落させる最大の原因であると。だからこそ、その種は絶滅させねばならない……。
 過去そうやって、幾人もの異端の者が囚われ、火炙りにされてきた。魔族や妖魔といった異族は、個人において人間を凌駕する力を持つか、如何せんその絶対数が少ない。非力とはいえ圧倒的な数の暴力の前には、彼らとてどうすることもできなかったのである。
 そのため現在は、異端と呼ばれる者達はひっそりと身を潜め、その正体を知られぬようにして生きていることがほとんどだった。
 また敢えて敬虔な信者を演じ、その身の安堵を計っている者も少なくない。
 その最たる例が、このウォルストーン家であった。
 ナルヴァリア男爵家は現在最も濃い魔族の家系でありながら、代々敬虔な信者として身をやつし、僧会にその存在を全くといっていいほど気づかれていない。
 ブラフト・ダーンの魔女――その名はラウンデンバーク家の侯爵夫人として有名ではあったが、ではそれが一体どこから来た者なのか――ということについては、知る者しか知らないというのが現状だった。つまり侯爵家と男爵家は姻戚関係にありながら、そのことを完全に社会から隠しているのである。今回彼女が目立たぬよう忍んでやって来たのも、その辺りに起因する。
 ともかくナルヴァリア男爵家は、僧会の事情にも比較的良く通じていた。その当主である彼からの情報となると、かなり信憑性があると言っていいだろう。

「目的は、どうやらあなたのようです――侯爵夫人」
「妾、とな?」
「はい。今僧会の中で、異端裁定の発動の噂があります。どうやらその目的となっているのが、あなたではないかと」
「ふむ……。ではあの連中、本格的に我らを掃滅するつもりなのかや?」

 首を傾げたプラキアへと、アレイウスは深刻な表情で頷く。

「あなたは我らが盟主。よしんばあなたに何かがあれば、我々の連携は一気に崩れます。その後各個に殲滅される可能性もあるでしょう……」
「なるほどの。ロネノス異端裁定も、その様子見じゃったかも知れぬな」

 七年前の悲劇は、あまり良い記憶では無かった。あの村は小さくひっそりした所ではあったが、夫の故郷でもあったのだ。
 一度目は何とか救えたものの、二度目は時足らず見殺しにせざるを得なかった村。

「そして次は妾か。何とも不愉快な話じゃの」

 こちらから手を出したことは無い。にも関わらず、彼らは隙あればとこちらの命を狙っている。理不尽ではあるが、これが今の現実だ。

「ですから、お気をつけ下さい。今はまだ噂に過ぎませんか、下手をすればここ数年のうちに現実になるかもしれませんから。侯爵閣下にも、そうお伝えを」
「感謝する。アレイウス殿」

 素直に、プラキアは礼を言った。
 この男爵はまだまだ若いが、聡明で頼れる人物として、彼女は彼の今後の将来に期待している。

「それともう一つ、お耳に入れておきたいことが」
「察しはつく……が、申してみよ」

 促されて。
 アレイウスは頷きそれを口にした。

「――はい。七年前に一度噂になった、死神についてです」


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