第12話 街道にて

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「――待ってもらおうか?」

 どこか笑みの含んだ声に、その二人連れは足を止める。
 その二人の周囲を、六人ほどの男が取り囲むようにして立っていた。

「危ないねえ……こんな夜中にたった二人で出歩くなんて」
「だから言ってるだろ? 馬鹿はいなくならねえって。まあおかげで俺たちゃ食ってけるわけだが」
「まったくだ。感謝しないとなぁ……」

 口々に喋る男達は、ざっと見たところ、歳も背格好もバラバラだった。六人のうち二人が手に松明を持っており、その明りに照らされた顔が見えるだけなのだが、彼らが何者であるかなど容易に察しがつくというものだ。

 クリセニア侯爵領と、ナルヴァリア男爵領を結ぶ街道。昼間はそれなりに人の行き交う場所となるが、夜ともなれば人の姿を見つけることは難しい。
 ここは二つの領地の丁度境に位置する場所であるが、こういう領の境のはっきりしない場所は治安が悪く、夜には野盗や盗賊が頻繁に現れる。またしばらく人家の無いこの辺りでは獣も少なからず現れ、夜の道は決して安全とは言えない。
 普通ならば、夜の街道を歩くことを選びはしないものなのだが、やはりその危険な道を歩くものは、全くいないわけではないのである。
 何らかの理由で急いでいるもの、夜の道を楽観視しているもの……様々な理由はあるわけだが、そういった現実が彼らを喜ばせていることは、また事実だった。
 深夜に街道を歩いていた二人の前に現れたのも、恐らくは野盗盗賊の類なのだろう。

「――おお? 見てみろよ……こりゃあ上玉だぜ! こっちのは……何だ、ガキか」

 野盗の一人の松明を揺らし、立ち止まった二人へと炎を照らして覗き込み、そんな声を上げた。
 歓喜と軽い失望の声に、他の男達も無遠慮に二人を眺め始める。
 暗くて分かりにくいが、その二人が女であることは間違い無かった。一人は長衣に外套をつけ、フードまで被っているので見えにくいが、覗く顔は女性のものだった。整った顔立ちは、明るい所で見れば相当な美人であると分かるだろう。
 もう一人の背の小さい連れは、十歳を越えて少しいった程度の少女だ。小さいが、どこか凛とした雰囲気をもって、男達を睨みつけている。

「ガキでもいいさ。欲しがる奴ぁ、探せばいるもんだ」
「そうだったな。この前も……」

 愉快そうに話す野盗達を尻目にして、少女は隣の女性を見上げた。

「……プラキア様?」
「……そうじゃな。何か面白いことでも囀るかと思うて聞いておったが、実につまらぬ。しかしこのような輩がおるとは、我が身の不徳よ」
「そんな。悪いのは人間どもです……。決して、プラキア様のせいなんかじゃ」
「ふふ……汝の人間嫌いは相変わらずじゃの。――下がっておれ」

 少女に向けてそう言うと、プラキアと呼ばれた女性は一歩前に進み出る。
 そんな行動に意表をつかれたのは、男達の方だった。

「なんだぁ……? えらく生意気なことを言ってくれるじゃねえの」
「よお姉ちゃん。威勢だけじゃあこの世は渡ってけないんだぜ……?」

 二人の会話を聞きとがめた二人が、腰に帯びていた剣を抜き放って低く言う。

「てゆーか馬鹿じゃねえの? きっとこいつらどっかの世間知らずな貴族様だぜ。こんな所でも権勢が通じると思ってやがる」
「ばーか。あんな連中が、こんな所を共もつけずにのこのこ歩いてるかよ。まあいいとこどっかのお嬢様だろうさ」

 揶揄するように言うその男達の台詞は、一部で正しかった。
 少女の方はともかく、もう一人の女性の方には僅かな仕草からも気品が見て取れ、どこか優雅な物腰は貴族を――あるいは令嬢を彷彿とさせるだろう。何よりその容姿こそが、もっともそれに相応しい。

「妾を指して愚かと言うか。成程……昨夜の輩よりは、口が減らぬとみえる」

 その瞳に、危険な色がよぎる。
 殺生は彼女の好むところでは無かったが、積極的に回避しようと思っているわけでもなかった。必要とあれば、容赦するつもりはない。特にこのようなならず者どもなど、その存在に害悪以上の意味があるだろうか。

「――――」

 プラキアは男達をざっと見渡して、口元で何かをつぶやいた。
 近くにいた少女には分かる、咒言。
 この人間達の命運は、一瞬にして尽きるだろう。こういった野盗どもは昨夜も襲ってきてはいたが、プラキアの前で皆消し炭となった。今回も同じ結果になることは明白だ。プラキアは普段優しいが、こういった連中にはまるで容赦が無いのだから。
 同情するつもりなど無かった。人間――しかもこのような無礼な輩など、一人でも多くいなくなればいい。
 少女はそう思って、男達を見る――その刹那。

「んがっ!?」

 不意に男の一人が悲鳴を上げ、真横に吹き飛んで地面に倒れ込む。

「……え?」

 突然のことに、少女はきょとんとなった。倒れた男を見てみれば、頭を抱えて呻いている。
 そのすぐ近くに転がっている、拳大の石。

「なんだ……?」
「おい――いでっ!?」
「がっ!?」

 暗闇のせいでよくは分からないが、それでも少女には見えていた。再び飛来してきた数個の石つぶてが男達を捉え、悲鳴を上げさせる。
 とそこへ、飄々とした声がどこからともなくかけられた。

「いけないなあ。お嬢さん二人相手に、男がよってたかって何をやってるんだか」

 まだ若い、青年の声だ。
 その声に、小石をぶつけられた男達は起き上がり、血走った目で周囲を睨みつけて怒鳴り散らす。

「どこのどいつだ!?」
「ふざけた真似しやがって――!」
「ふざけた真似をしているのはどっちなのか、多少は自覚して欲しいものだぜ。まあ、それがわかっていればこんなこともしないだろうがな」

 その人影は、ずいぶん近くにあった。
 何やら大きな剣のようなものを肩にのせて、男達へと視線を向けている。闇と、距離のせいでその顔は見えないが、声から察するに青年だろう。

「プラキア様……?」

 昨夜とは違う展開に、少女は思わず隣を見上げてしまう。

「ふむ。まあ黙って見ておれ」

 この状況を理解しているのかいないのか、彼女は見物を決め込むようだった。

「てめえ、何者だ?」
「問われて名乗るもおこがましいってね。まあ、見ての通りただの旅人ってやつだ」
「馬鹿か。わざわざ殺されに出てきたのか?」
「いやあ……俺としては、お前さんらの命を救ってやったつもりなんだが」

 肩をすくめてそう答える青年へと、馬鹿にしたような笑い声が数人から上がる。

「何言ってんだ?」
「馬鹿なんだよ。さっきから言ってるだろ? 時々いるさ、こういう奴は」
「それもそうだ」

 口々に言って、男達は徐々に青年へと間合いを詰めていった。どうやらまず、この青年を血祭りに上げようと決まったらしい。

「ほう凄いな。以心伝心ってやつか」
「ほざけっ!」

 いつまでたっても堂々として、余裕を崩さない青年に苛立ったのか、野盗の一人が得物を抜いて襲いかかる。
 ガッ……!
 鈍い音がして、宙に舞い上がる剣。

「な――?」

 今襲い掛かった男は、自分の手にしていた剣が突然弾かれ飛ばされたのを見て、訳が分からずぽかんとなる。

「舌噛むぞ」

 そんな声が聞こえた時には、青年が逆手にもった長剣の柄が、男の顎を捉えていた。
 あまりの衝撃に男は仰け反り、その身体は地面から少し浮いてしまう。そのがら空きになった身体めがけて、彼は持ち替えた鞘に収まったままの剣を横薙ぎに叩き付ける。

「…………!」

 直撃した男の腕が、骨の砕ける鈍い音を残して――そのまま数メートル吹き飛び、地面に倒れ込んだところで動かなくなった。

「て、てめえ……!」

 あまりに鮮やかに叩きのめされた男の仲間達は、一気にいきり立つ。

「ぶっ殺してやる!」
「まあなりゆきだ。相手させていただこう」

 そう頷く青年は、結局剣を鞘から抜かぬまま、男達をものの数分で地に伏させてしまった。


「まあ何て言うか、余計なお世話だったかもしれないが」

 苦悶の声が地面から聞こえる中、たった一人で野盗を叩き伏せてしまった青年は、相変わらずの飄々とした声でそう二人に尋ねた。
 その青年は二人に近づいてこようとはせず、それなりに離れた距離のせいで、未だ顔すらはっきりしない。

「ふむ……。このような輩、野放しにするは本意ではないが、ここは素直に好意として受けておこうかの」

 プラキアの返事に、青年は笑ったようだった。

「それは良かった。俺もこうしてお節介をした甲斐があるってものだ」

 そんな風にして話す青年を、プラキアの傍にいる少女は、なぜか心臓の鼓動が高鳴るのを覚えながら、見つめていた。
 一生懸命目を凝らすのだが、青年の顔は見えない。まるでそのぎりぎりの境界を知っていて、彼はこれ以上近づいてこないのだとすら思わせる。
 なぜだろう――自分は、あの青年のことを知っているような気がする。
 例え顔は見えなくとも、この声――自分はこの声を知っているのではないか。
 この剽軽な態度。
 真面目なのか不真面目なのか判断しにくい喋り方。
 知って……いる。
 名前だって、知っている……。

「このような夜道を、美しいお嬢さんがたった二人で旅というのも心許無い。ここは是非、この俺がエスコートして差し上げたいところなんだが……」

 そう言いながらも、彼にはその気は無いようだった。あっさりと、首を横に振る。

「――まあそうしたいのは山々なんだが、見れば急いでいる様子。道中話し相手になりながらのんびりとした旅を洒落込みたいと思う俺の希望は、いささか迷惑かもしれん。というわけで、ここは断腸の思いなれど、これきりとしよう」
「それなりの見識は持ち合わせているとみえる。まあ及第点というところじゃな」

 プラキアは微笑を浮かべると、あっさりと踵を返した。
 え、という思いで少女はその場に留まってしまう。

「何をしておる、レダ? 我々は明日中にはオルセシスにつかねばならぬ。立ち止まっている暇などないぞ」
「あ……は、はい……」

 歯切れの悪い返答を返しながら、レダと呼ばれた少女はプラキアの後を慌てて追った。
 途中、なぜか後ろ髪が引かれる思いで幾度と無く、青年のいた場所を振り返りながら。
 そんな彼女に、青年のつぶやきは聞こえることは無かった。

「……大きくなったものだ」

 誰にとも無く、ささやかれたその声は。


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