第09話 その発端

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「初めから世界はあった。けれどそれだけでは何の意味もないわ。それを見て、何であるかを理解する者――つまり観測者の存在があって、初めてモノは意味を持ち、モノ足ることができる。わたしたちは、その最初の観測者ね……。だから根源二祖なんて呼ばれているわ。姉さん――エクセリアもそう。わたしたちは最初、感情なんてものを持ち合わせていなかったのでしょうね。ただあらゆるものを認識し、理解し、それらに意味を与えていった……。わたしたちに最初の記憶は無いわ。いつどのようにして生まれたかは知らない……それは人間と同じことだけれど。けれど長い間に、感情というものを知ったわ……。それは、わたしはエクセリアを通して、エクセリアはわたしを通して自分というものをようやく認識し、意味を与えることで芽生えていったのよ。そうしてわたしたちはそれぞれに人格を形成していったわ。今の姉さんとわたしはずいぶん違うけれど、それもお互いの見てきたものの違いのせいかもね……」

 いつもには無い饒舌さで、レネスティアは語った。
 どこかとろんとした目で話す彼女は、とても眠そうな瞳を宙に泳がしている。

「わたしが人間に興味を持ち始めたのは、ちょうどその頃……。姉さんも同じだったかしら……? レイギルア……わたしが愛した、最初の人間」

 レイギルア・ミルセナルディス。
 それこそが異端の原点。

「レネスティア・ミルセナルディス……この名は彼につけてもらったわ。姉さんに名前をつけたのはこのわたしだけれど」

 そこで微笑する。
 それを聞いて、フォルセスカはふと気になった。
 ミルセナルディス――それは聞いたことのある名前だったが、何か関係があるのだろうか。
 もっともそんな疑問も、今は尋ねる気にはならなかった。どこか酔ったように続ける彼女の話を、今は遮りたくない。

「わたしはそれからずっと人間に興味を持って、見続けてきたわ。そのせいで生まれた弊害を、姉さんはひどく気に入らなかったようだけれどね……。ともかくそうやってわたしたちは、感情をもって何かを認識するようになっていった……けれども一つだけ、知っていながらもわかっていなかったものがあったわ。それが二百年前のことよ……」

 二百年前――異端の歴からいえば、魔王クリーンセスの時代。
 千年ドラゴンという災厄が、その当時にはあった。クリーンセスはこれを収めるために闘い、そして死んでいる。
 この時――レネスティアは初めて何かを憎いと感じた。あの時彼女が愛していたクリーンセスを殺した存在を、憎み殺したい、と。
 あの時ほど感情に自分が支配された経験は無い。
 その時初めて、彼女は死というものが何であるか認識し、理解した。
 それはクリーンセスの死によって。
 また、何かを殺したいと自分自身が願ったことによって。

「それがきっかけだったと……思っているわ」

 世界に漂う死というものを、よりはっきりと体感して。
 世界に明確な死を認めてしまったのは。

「わたしが強く認識してしまったことで、その影響は姉さんにも及んだわ……。エクセリアもまたそれを認めて、もう世界に死を確定付けてしまった……」

 かつてより世界に死はあった。しかし誰もがそれを認識していなかったがために、無意味な存在でしかなかったのである。だがそこに意味を与えてしまったために、その死は一気に世界に具現しようとした……。

「そのことに、責任を感じているつもりはないわ。世界を救おうとしているわけでもない。けれど……見て、この手にしたかった。わたしが気づき、形を与えてしまった死を、わたしのものにするために……」

 世界の死の具現。
 それが、イリスの本質。

「――変えたいんだろう?」

 ずっと話に耳を傾けてきたフォルセスカが、レネスティアへと言う。
 彼女の言いたかったこと。
 彼女の心。
 片鱗とはいえ、分からないわけがない。

「変えてみたい……違うか? 克服でもなく、甘受でもなく……お前が求めているのは変化なんだろう? 己の運命は己で指し示し、歩きたい……。俺にはそう、聞こえたが?」

 少なくともレネスティアがしようとしていることは、そういうことだ。

「運命なんてものがあるのかは知らん。あったとしても、誰もそれを認識できないんじゃ無意味の存在だ。無視したっていい。弊害すらない。だったら遠慮無く、お前はお前の運命を作ればいいだろう? 神だか悪魔だか知らんが、お前ならそれくらいのことはできるだろうさ。運命の創造など俺には少々荷が勝ちすぎているから、まあお前の運命に便乗させてもらいたいとは思っているし、そう決めたからこそここにいる。お前は俺を自由に使えばいい。俺は、お前のためにここにいるんだからな」

 今までの沈黙を一気に返上して、フォルセスカは一息に言った。

「……フォルセスカ」

 ぽつり、と彼の名を呼んだレネスティアへと、フォルセスカはニッと笑ってみせる。

「どさくさで言わせてもらった。俺の気持ちだ。受け取ってくれると嬉しいんだが」

 ――どうして自分は、ここまでこの少女に惚れてしまったのだろうか。
 だがこうしてこんなことを言わせてしまったのは、確かな事実であるし、彼自身それを心地良いと思っているのだから、何も問題は無い。

(――結局一目惚れしたのは、どうやら俺の方だったというわけか……)

 かつて冗談めかしてレネスティアに言ったこと。
 どうやら囚われたのは自分の方だったらしい。

「フフ……」

 微笑を零して、レネスティアはその気だるそうな身体を動かし、両手を彼へと絡めてくる。

「失えば気づくこと……。あの子は失うかもしれない……それが姉さんの描いた運命ならば。けれど……」

 ――自分は決して消えたりはしないと。
「それが、わたしの思い描いた運命なのだから」
 その言葉を最後に、彼女は両目を閉じてしまう。
「……おっと」
 急にかかった体重に、フォルセスカはのしかかってきていたレネスティアを、全身で受け止める。
 すでに、意識は無かった。

「……全く可愛いやつだな」

 眠りに落ちたレネスティアは、呼吸すら感じられず、生きているのかと疑ってしまうほどに、深淵の眠りについてしまっている。
 これでしばらくは目が覚めることは無いだろう。

「さながら眠れる森の美女……と、もう一人いたか」

 レネスティアにずっと気を取られていたせいで気づかなかったが、いつの間にか湖沼を一周したヴァーグラフが傍に控えていて、その毛並みの中にはすやすやと眠っているイリスの姿。
 彼女の赤子であるためか、よく眠る。本来ならば睡眠など必要ないはずなのだけれどね――とレネスティアは言っていたが、どこかに人間の部分を引き継いでいるせいで、そういった行為を自然に行ってしまう。

「おいおい……なんだ、お前も仲間入りか?」

 頭を巡らせば、欠伸などをしているヴァーグラフの姿があったりした。
 そのまま眠そうに目を開けたり閉じたりしているヴァーグラフを見ていると、何やらこちらまで眠くなってきてしまう始末だ。

「仲間外れは、感心しない、ぜ……」


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