第04話 悪魔との出会い

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 妙なことというものは、起こる時には立て続けに起きるらしい。
 ロネノスで幼女を拾ってから約二ヶ月。
 ネレアの契約などという、訳の分からないものを押し付けられてまいっていたら、今度は幻聴まで聞こえるようになったという始末だ。

「――誰だ?」

 フォルセスカは読みかけていた本を閉じると、周囲を見渡す。
 余人には入ることは叶わない、パルティーン寺院の第三層にある蔵書保管庫に、元より自分以外はいないはずなのだが、確かにその声は聞こえたのだ。
 もちろん見渡しても人影など無い。

「……俺も疲れてるなあ。こんなんで明日、上手くいくんだか」

 明日の明朝、かねてより決められていた拝謁が行われる。
 一方的で、あまりに不明なその内容を少しでも知ろうと、こうやってここしばらく本に埋もれた生活を送っているのであるが、詳しいことはほとんど分かりはしなかった。
 禁書の類があるという第四層まで行けば、あるいは何らかの手がかりがあるのかもしれないが、残念ながらそこへと行く資格は自分にはない。
 この第三層ですら、滅多な者には立ち入りを許されていないのであるが、ここにすら明日行われるであろう契約について触れられた資料が無いところをみると、よほど大したものであるらしい。
 もっともただの冗談であるという可能性も、まああるかもしれないが。

「さてと」

 これ以上頑張っても、徒労に終わる気がする。明日は早く、しかも何が起きるか分からないとくれば、とっとと休んでおくべきだろう。
 一つ伸びをして、立ち上がったフォルセスカだったが、再びその顔が変わる。

「またか。いったい誰かな? 俺を呼ぶのは」

 ――――

 今度はすぐに返事があった。
 聞こえてくるのは、ひとの声、だ。恐らく、であるが。
 会いたい、と声は言う。
 しかもその場所は、拝謁の間。

「おやおや……予定は明日だったと思ったが?」

 彼が拝謁の間へ入れるのは、明日のみだ。鍵はすでに預かっているが、下手に入れば上司に何を言われるか分かったものではない。

 ――――

 不意に、声は別のことを語った。
 二ヶ月ほど前に拾った、幼女のことを。
 彼女の傷はたったの一週間ほどで完治してしまい、その後もこっそりと匿い続けているのだが、そろそろそれも限界になりつつあった。
 さすがに長く置きすぎたせいで、噂程度ではあるが、あの幼女が異端者であるという事実が知れ渡ってしまっている。それを今まで事無きを得てきたのは、全てに明日の拝謁を控えているがためだった。
 声は言う。
 自分に会うことは、その娘にとっても悪い話ではない、と。
 何とも食いつきたくなる餌ではあったが、簡単にそうするわけにもいかない。
 しばし考え込んだフォルセスカへと、一言を残して、不意に声は消えてしまう。

 ――貴方に任せる。

 それだけを残して。

「虎穴に入らずば何とやら。だがなるべくなら入らなくてもいいようにするのが、本当に賢いって言うんだろうけどなあ」

 苦笑して。
 彼はその誘いに乗ることを決心した。

 重く、冷たい空気。
 昼夜を問わず、その空気は変わりはしない。
 誰もが感じるであろうその威圧感は、確かにその場に満ちていた。
 そこで、人影が揺らめく。
 カテドラルの最奥―――その拝謁の間に、フォルセスカはいた。

(さても仰々しいことだ)

 このような重厚漂う場所を、拝謁の場にすることもないだろうにと思う。
 畏怖すべき相手はこの部屋ではなく、神であるべきではないのだろうか。
 彼は、気圧されることも無くただ皮肉げに思いながら、その場所に佇み続ける。
 どれほど―――経っただろうか。一時間か、二時間か。
 飽くことなく、彼はその場にいた。
 そして更に時が過ぎて。

「……俺は無用かな? 名無しさん」

 いい加減、我慢比べが嫌になって、口を開く。
 ――そう、我慢比べだろう。
それは、最初からそこにいたのだから。

「名無しではないわ……。そして無用でもない。わたしは初めからここにいたのに、どうしてそんなことを言うのかしら?」

 答えた声の主は、明らかにからかっている様子だった。
 ―――声を聞くのは、初めてではない。
 つい先ほど――といってもすでに三時間ほど時間は経過しているが――蔵書保管庫で耳にした声。

「あまりに声を掛けてくれないのでな……俺は無視されているのかと危うくとんでもない誤解をするところだった。許してくれ」
「フフ……気は長く持った方がいいわ。例えこの数時間が千年であったとしても」
「千年とは……随分なことだ。明日の朝にもなれば、面倒なことにもなるだろうに」

 笑って、フォルセスカは背後を振り返る。
 拝謁の間の入り口――そこに、声の主である少女はいた。
 どこか斜に構えて面白がるような視線を、彼へと送ってきている。

「これは驚いた」

 フォルセスカの言葉に、少女は何が? と尋ねてくる。

「お前さんのことさ。若い声だとは思っていたが、まさかこれほどまでのお嬢さんだったとはな」
「あら……若いだなんて」

 くすくすと、彼女は笑う。
 少女のような雰囲気を纏ってはいるが、実際年齢を感じさせない容貌をしていた。
 見たことのないような銀の髪に、見る者を不安にさせずにはおれない紅い瞳。明らかに、それは異彩を放っていた。

「さて、それで俺に何の用かな? この場所は俺といえども立ち入り厳禁の場所でね。一応入る資格は取ってあるが、それは明日のみだ。前夜に入ったと知られれば、ラルティーヌ殿に何と言われるやら」

 この少女がなぜこの場所を選んだのかは分からないが、ここは決してたやすく入れるところではない。
 だがそんなことよりも、確実に部外者である彼女がどうやってここまで入って来れたのか――それこそが最も先に不思議に思うべきことだろう。
 そんな彼の思いなどには構うことなく、少女は口を開く。

「貴方のね……命が欲しい」

 まさに、それは単刀直入だった。


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