第03話 妖魔の子

 パルティーン寺院。
 ジュリオン寺院ほどでは無いが、その大きさと格式の古さはそれに次ぐものがる。
 表向きはごく普通の大きな教会に過ぎないのであるが、実際の所は少々違っていた。
 今を遡ること約1200年前に、現在認められている異端の原点があるとされているが、それ以来、社会の闇の中で増え続けている異端者と呼ばれるものどもに対抗する為に、組織だったものが作られたのが、今から300年前だと言われており、その最初がアトラ・ハシースと呼ばれるものである。

 異端者とは何か。
 それはかつて何人か存在した魔王の血脈を、まだ色濃く残している魔族達であったり、その血脈が薄れながらも未だその異能な力を有している妖魔であったり、他には妖精や妖獣といった人間以外の姿をしているものから、悪魔崇拝を行う人間まで幅広くを総称して言う。だがその大半は、やはり普通の人間達なのであるが。
 アトラ・ハシースとは、そういった異端者への実力行使を行う為の組織であり、その祖は前身となった数人の黒賢者らであるという。

 現在のアトラ・ハシースを統括するミルセナルディス枢機卿や、ラルティーヌ家などは、それら黒賢者の子孫でもあり、今もなお、アトラ・ハシースを動かす担い手となっている。
 このパルティーン寺院はラルティーヌ家の者が代々大司教、もしくは枢機卿を輩出し、アトラ・ハシースの拠点として今へと引き継いできた。
 フォルセスカもまた、そのアトラ・ハシースの一員として、有事の際には行動を共にしている。
 一応、表向きは一介の聖職者を装っているフォルセスカであるが、アトラ・ハシースにおいてその実力から低くない地位にいるせいもあって、寺院内に割り当てられている個室は小さいものでは無かった。
 そう狭くない室内には、ありきたりの調度品が置いてあるだけなのだが、ここしばらくは少々変わったものがその部屋の中にあったりしている。
 部屋の中に一つしかないベッドには、常に横になったままの幼女の姿があった。

「ふむ。お姫様はまだ眠っていらっしゃるか」

 自分の部屋に戻ったフォルセスカは、いつもと変わらぬ様子の幼女の姿を見ながら、近くの椅子に腰掛ける。
 助けた時、彼女は相当の重傷だった。一命は取り留めたものの、出血が酷く、予断を許さない状況であることは間違いない。
 いつ様態が急変してもおかしくないのだが………。

「ん……っ……」

 不意に聞こえたその声に、フォルセスカは思わず立ち上がる。

「おいおい……これはまたずいぶん早いお目覚めだな」

 しばらくは意識など戻らないと思っていただけに、少々驚かされながらも彼は幼女へと近づいてその顔を覗き込むようにして見返した。
 悪夢でも見ているかのように苦しげな顔を見せていた幼女だったが、やがてその瞼がうっすらと開かれる。
 ――何となく、助けた夜のことを彷彿とさせる姿。

「…………?」
「ほう、大したもんだ。もう――」

 感心したようにフォルセスカが口を開いたところで。

「! いやぁ!」

 驚いたように目を見開いた幼女が、ほとんど悲鳴じみた声とともに拳骨を見舞ってくれたのである。

「~~つつ……」

 完全な不意討ちにしばらく仰け反って額を抑えていたフォルセスカだったが、ようやく視線を戻すと――そこにはベッドの隅に半身を起こしたまま身を寄せ、身体を震わせながらこちらを睨みつけてくる幼女。

「…………!」
「……何か激しく誤解されているような気がするなあ」

 誰にともなくつぶやいたところで、幼女は意外にも飛び掛ってきた。

「おい!?」

 動けば傷口が開く――それを危惧してのことだったが、彼女にとってはそんなことはどうでも良かったのかもしれない。

「…………っ」

 飛び掛ってきた幼女に腕を噛みつかれ――振り払いはせず、フォルセスカはそれを堪えた。
 放っておけばそのまま噛み千切られかねない勢いだったが、やがて苦しそうな呻き声を上げると、幼女は彼の腕の中に倒れてしまう。

「あながち誤解、というわけでもないか」

 この幼女に恨まれる自覚はあるのだ。
 こんな小さな子供があの村に一人でいたはずも無い。恐らく両親もいただろう。しかし、誰一人とて生きてはいない。
 理由は何であれ、小さな子供から肉親を奪えば――充分に恨まれるだろう。何よりこの幼女自身、死にかけていたのだから。

「まったく……。せっかく閉じかけた傷がまた開いたな」

 自分の腕に、服越しに滲んでくる血は気にすることなく、幼女に巻かれた包帯に血が滲んでいることに、小さく嘆息する。

「……はなしてよぅ……」

 消え入りそうな声。
 嗚咽と、傷の痛みで幼女の顔はくしゃくしゃになっていた。
 抵抗して、これ以上何もできないという無念が、幼いながらも伝わってくる。

「こいつは……思っていた以上か」

 まだ幼いからと油断していたが、ここまで恨まれ――憎まれていると、これからそう簡単にはいかないだろう。
 例え身体の傷が治ったとしても、心の傷が治るかどうか……。

「……ともかく、今は寝ろ。憎むにしろ、身体がそんなじゃ一苦労だろうからな」

 意識を手放しかけている幼女へとそうささやくと、フォルセスカはその軽い身体を抱き上げ、そっとベッドへと戻す。

「にんげ……ん……なんて……」

 きらい、だと。
 苦しそうにしながら、そう言い続ける幼女。

「……人間、か」

 特にその言葉が気になったわけではない。
 ただ新しい包帯へ変えようとして、ハッとなった。
 一度、この幼女の傷痕は目にしている。かなり深かった刀傷――しかし今回包帯を解いて見ると、信じられないくらいにその痕が小さくなっていた。
 突然動いたせいで、薄く膜のように張っていた皮が裂けて出血してはいたが、それも大したことはない。
 そういえば、と思い出す。
 彼女が目を開いて最初にしたことは、見事なまでの拳骨を見舞ってくれたことであるが、あの時動かしたのは右手――骨折していたはずの。
 動かそうと思って動かせるものではない。つまり、ある程度完治してしまっていたということだろうか。
 複雑骨折ではなかったとはいえ、あまりに早すぎる回復だ。いくら幼いからといって、人間には無い治癒力……。

「まさかな」

 人間だと思ってはいたが――どうやらそうではなかったらしい。

「妖魔の子か」

 魔族と呼ばれる連中に比べれば圧倒的にその力は劣るのだが、それでも人間に比べればその生命力などには勝るものがある。
 薄れたとは言え、妖魔も魔族と同じようにかつての魔王の血を受け継いでいる。もしかすると、あのロネノスという村は、そういった一族が長年息を潜めてきた場所だったのかもしれない。
 そうなると、ただの悪魔崇拝者の人間の巣食う場所を壊滅させるというわけでなく、魔王の血をひく異能の者達を抹殺するためだったとすれば、あんな小さな村を執拗に殲滅しようとしたのも頷ける。
 しかしこうなると……厄介なものを拾ってしまったということになるだろう。
 妖魔はほとんど人間と変わらない容姿をしているので、その社会に溶け込んで生きていくことは不可能ではないが、彼女が果たしてそんなことを受け入れるだろうか。

「好奇心は時に身を滅ぼす、か。まったく、嬉しくて泣けてくるな」

 このことが知られれば、ただでは済まないだろう。人間ではなく異族となると、それだけで火刑の理由になる。この幼女は殺されるであろうし、それを庇ったフォルセスカも何らかの処罰を受けざるを得ないだろう。
 今すぐにも事実をありのままに報告すれば、何とか身の安全は守れるだろう。アルゼスも、なるべく穏便にすむよう取り計らってくれるはず。
 決めるなら今しかないが―――

「無粋、ってやつだな」

 すぐにも結論は出た。
 せっかく苦労してここまで運び、ついでに手厚く手当てまでしたのだ。何もそれは、改めて火刑台送りにするためではない。

「まあ、なるようにしてみせるさ」

 何やらひいてしまった貧乏クジであるが、彼はそれを受け入れることに、後悔するつもりは無かった。


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