第02話 ネレアの契約

NO IMAGE

「――俺が?」

 異端裁定が終了してから数日後。
 フォルセスカはアルゼス・ラルティーヌと共に、ジュリオン寺院を訪れていた。
 アルゼスはフォルセスカよりも年上で、三十歳近くの年齢であるが、現在彼らの所属するパルティーン寺院の司教を務めている。ラルティーヌ家はこの地方では格式高く、彼は昨年夭折したアルゼスの父親に代わり、いずれは大司教を任されるであろう将来有望な人物だ。
 それに比べフォルセスカの僧職は司祭であり、アルゼスはその上司に当たるのであるが、年の差や身分などがあるにも関わらず、二人は親友だった。
 今は勿論、仕事上の関係を守ってはいるのだが。

「ちょっと待って下さい。また何で俺が?」

 目を白黒させて、フォルセスカは目の前の女性に向かって首を傾げてみせる。
 女性――いやまだ少女だろうか。
 目の前に立つ自分と同じくらいの年齢を思わせる女性は、滅多に人前に姿を現さないとして有名な、ミルセナルディス枢機卿だった。
 僧会内で秘密裏に存在する、アトラ・ハシースと呼ばれる組織を統括する人物である。

「フォルセスカ・ゼフィリアード。あなたは我々の中で、もっとも優れた者であると聞いているわ」
「それは過大評価のし過ぎってもので」

 実際、彼は対異端組織であるアトラ・ハシースにおいて、現状では最高の人材とされている。もっとも本人にしてみれば、身のかゆい評価でしかなかったのであるが。

「契約には若く優れた者が適任よ。このことはすでにアトラ・ハシースにおいて決定済みであり、また神託もそれを認めているのだから」
「神託……ねえ。やっぱりあれと関係あるんですかね?」

 ジュリオン大聖堂にて下される神託は、普通一般には広がらない非公式なものだ。しかし一年前に下された神託は、大いに巷に広がってしまっている。
 それは、死神の予言、だった。
 単なる自然災厄としてでは無く、最悪の異端が生れ落ちるとした神託に、僧会は大きく動揺した。
 その対策をどうするべきか――何より、信じるべきかどうか。
 結局その対応を任されたのがアトラ・ハシースであり、現在ではその存在について、密かに探っている。

「恐らくはそうなのでしょうね。ここでネレアの契約をするということは、何らかの知識が下されるということ。恐らくは、死神のために必要な……何か」

 枢機卿の言葉に、苦い顔になるフォルセスカ。

「俺は何ていうか……不真面目でして。こういう大層なお役目は御免こうむりたいと」
「フォルセスカ」

 早速断ろうとしたところへ、アルゼスの鋭い声が投げつけられる。

「受けろ。これほど名誉なことはない」
「と言われてもね……」

 困ったように、フォルセスカは息をついた。

 ――ネレアの契約。

 今回フォルセスカへと持ちかけられたのは、まさにそれであった。
 何者かと接触し、人外の知識と力を得る契約の儀式。過去において何名かがその契約を為してきたと言われているが、彼自身、その詳細は知らない。
 ただそれらは異端の力が増す時に行われ、その度に禁忌と呼ばれる力を残している。
 どうやら今回、その白羽の矢が自分に立ってしまったらしい。
 光栄というよりは、何やら不幸な気がするのではあるが。

「契約と言っても、一体誰とそんなものを結ぶんです? 俺としては、そんな得体の知れない何かに会わなきゃならんというのは、ちょっと遠慮したい気分なんですが」
「残念ね。あなたに断る権利はないわ」
「これはまた身も蓋も無く」

 まあ、分かってはいたことであるが。

「……仕方ありませんね。ここで飯を食わせてもらっている以上、上司には逆らえませんから」
「物分りのいい子ね。私としても、手間が省けて嬉しいわ」
「そりゃどうも」

 従わなければそれ相応の手段を用いると言われているようで、苦笑したくなる。
 僅かな時間ではあったが、この枢機卿、見た目ほど可愛い性格をしていないのかもしれない。
 それに何より、得体の知れなさではこの少女も大したもののような気がする。まあ詮索しない方が、身の為なのだろうが。

「では気は進みませんが」

 頷くフォルセスカへと、枢機卿はにこりと微笑みかける。

「正直なのね。まああなたのようならば、悪い気もしないわね。――あとはラルティーヌ司教に任せるわ」

 その言葉を最後に、ミルセナルディス枢機卿は二人の前から姿を消した。

「……大したものだな」

 聖堂に二人残されて、まじまじとフォルセスカを見てアルゼスは言う。

「何がかな?」
「その態度だ。あの枢機卿を前に、よく平静でいられる」
「装う程度には、矜持を持ち合わせているんでね」

 とは言えそれは言外に、あの枢機卿の怖さを物語っていた。
 別段、その地位が恐ろしいわけでもない。アルゼスも感じ取っているのは、もっと別な、異質な何かについてだろう。
 どうやら見た目通りの人間では無いらしい。

「――それで? 詳しい予定はどうなってるんだい?」

 聖堂を後にしながら、フォルセスカが尋ねる。

「ああ。はっきりとはしていないが、ここ数ヶ月のうちに行われるだろう。場所はパルティーン寺院の拝謁の間で行われる。入ったことはないだろうから、後で案内しよう」
「場所は知ってるさ。もっともあそこは有名な開かずの間だからな。案内といっても入れはしないんだろうが」
「鍵は渡す。ただ入室が許されるのは、拝謁できる、その日のみだがな」
「まあ、大事に預かっておくさ」

 やれやれ困ったもんだと嘆くフォルセスカを見て、ふと何か思い出したようにアルゼスは口を開いた。

「ところで聞いておきたいんだが」
「なんだ?」

 話が変わったなと思って振り返ると、アルゼスは少々怪訝な面持ちになってフォルセスカを見ている。

「お前、あの夜何か拾ってきただろう?」

 それだけで、アルゼスが何を言わんとしているのか分かった。あの夜というのは、異端裁定のあった日のことだろう。
 隠すつもりも無かったので、フォルセスカはあっさりと頷いてみせる。

「拾うといえば……確かに拾ってきたが」
「どうする気だ。面倒になるぞ?」

 拾ってきた者が、異端の子であることを知って、言っているのだろう。確かにそのことが知られれば、あまりいいことにはならないかもしれない。

「ああ大丈夫だろ。見たところ人間のようだし、何よりまだ幼い。今からなら充分転向できるだろうさ。状態が良くなったら、知り合いの孤児院にでも預けるつもりだ」
「……まあお前がそうするなら構わないが。だが他言は無用にしておけ。気にする輩もいないわけじゃない」
「だろうな。まったく了見の狭いことだ」

 その時は気楽に答えたのだが、後になってまさか厄介なことになろうとは、その時は思いもよらないことだった。


 次の話 第03話 妖魔の子 >>
 目次に戻る >>


黎明ノ王Ⅰカテゴリの最新記事