序章 漆黒の帳

 陽があって、光が意味を為さぬがごとく。
 密林の中、全き闇が凝る地に、その城はあった。
 いつからかゼル・ゼデスという名で呼ばれていたその城は、この二百年、沈黙を保ち続けている。
 眠りについていた、とも言えるかもしれない。
 しかし眠り、である以上、いずれは目覚めるもの。
 落ちて久しい帷――いつ明けるとも知れぬ夜の中、しかしその時は確実に迫ってきていたのかもしれない。

「……そう。では構わないのね?」

 年齢を感じさせない声は、周囲の壁のごとく、空気のごとく……どこまでも冷たくて。

「そなたもわかっているはずだ。すでにその存在は色濃すぎる……。たとえ我々のどちらかが認めずとも、自ずと目覚めると」

 応じる声は、最初のものとよく似ていた。同じ、といっても良いほどに。

「フフ……そうね」

 響く冷笑――それは凍えたものだと分かっているにも関わらず、どこかに温かみを含ませて。

「けれど貴女は認めるのかしら?」
「……認めよう。これまでと変わらぬ。そなたとは」
「姉さん」

 愛しさと切なさ。
 それらが入り混じった声で、先を押し留める。

「言わなくていいわ……。哀しくなるから」
「そなたが?」
「ええ……」

 答える声は、どこまでも真実で。
 返す言葉を見失い、しばしの沈黙が横たわる。
 その漆黒の中では、僅かとも、永遠とも取れる時間。

「……私はそなたに、想われる資格などないのかもしれない」

 ようやく聞こえた声に、くすくすと笑みが零れ落ちる。

「資格など、絶対必要なものではないわ。そうではなくて?」
「そうとも思えぬ……。私は、あまりにも」
「いいのよ……。お互い様、なのだから」

 これまでも――そしてこれからも。
 それは変わらないのだろう。

「そろそろ行くわ……。貴女との契約の前に、声をかけなければいけないから」
「今宵のみで、果たせると?」
「さあ……」

 首を傾げながらも、その声には確かな自信が見て取れる。そう見えるのは、ただの幻であろうか。

「貴女が選んで、そしてわたしが選んだ者よ……。どうなるのか、わかるようでわからないわ」
「……私はそなたの知っているものを知らぬ。恐らくあれは、そなたを選ぶだろう」

 自嘲ではなく、事実として、告げる。
 返ってくるのは苦笑。

「姉さん。今回は譲れないけれど、一度知ってみるのも悪くないと思うわ……。理解を求めているわけでは……ないのだけれどね」

 ささやいて。
 そっと、抱き締めた。


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